司馬未体験の方は是非。
司馬遼太郎の名前はよく聞くけれど、何から読んだらいいか分らないという方。
まずは、この短編集を手にとってみられては如何でしょう?
戦国から幕末まで、それぞれの時代にそれぞれの人物が生きて動いています。
中でも「城の怪」のラストは、美しい恋愛小説を読んでいるようです。
最初から畳み掛けるように展開する様は、主人公の生きる疾走感を伝えてくれます。
野生の力強さというのでしょうか。
もちろん、他の話もそれぞれ数奇な運命や、出会い、主人公を変える一言があります。
血湧き肉踊る珠玉の短編集といえましょう。
充足感
短編集である。伊達政宗という人間の魅力を、司馬氏ならではの
視点で描き出している、「馬上少年過ぐ」は実に面白い。戦国期
における東北の保守性と、政宗の新しさ。司馬氏は思ったでしょ
うね。一種名門に生まれ、素性のよさにすがるのではなく、或い
は織田氏のように素性の悪い合理的な思考を持った政宗。そして、
母に愛されずに育った政宗。弟を自ら成敗せざるを得なかった政
宗。父を見殺しにせざるを得なかった政宗。尋常ではない育ちで
ある。幸いにして、政宗が再興した伊達家は、江戸期をも保った。
他短編がいくつかあるが、どれも人物描写が素敵で、戦国の世や
幕末の風雲の点景を現代に生きる我々に、非常にリアルに見せ付
けてくれている。
悉くが、司馬氏らしく、通勤中に読んでいると、気がついたら目
的地にたどり着いている。通勤時間が短く感じるというものです。
粒ぞろい
同じ河合継之助を描くにしても、例えば「峠」のような長編小説がオペラだとしたら、 本書収録の「英雄児」のような短編小説は至ってコメディ調。 乾いた表現の中に滑稽味やシニカルなユーモアを添えるのが上手だ。
表題作「馬上少年過ぐ」は、既に老境にある伊達政宗の風姿のようなものを、 詩と養育環境、父親のことを軸に、簡潔かつ乾いた表現によって仕上げ、作品化に成功している。 なお簡潔、というのは伊達政宗という人はいかにも司馬が書きたくなりそうな気骨のゴシップに富んだ人物であり、 反面、いかにも司馬が書きたくなさそうな雑なゴシップにも富んだ、 ちょっと括りにくい山師であって、 それらのうち短編に必要のない部分を敢えてバッサリと切ったことを指している。 そのため作品に透明な格調が出た。
他の収録作も、(オペラではなく)コメディを楽しむつもりで気軽に読むと、かなりの粒ぞろい。 どうか、笑いどころを探しながら、ニヤニヤしながら読んで下さい。
重庵から政宗へ
七編を収めた短編集。
どの作品も歴史的な背景を背負って生きる男が主人公。
あがくものあり、流されるものあり、決断するものあり。
中でも、山田重庵の物語「重庵の転々」が、題名にもなった
伊達政宗の「馬上少年を過ぐ」を描くきっかけになった点は興味深かった。
(巻末で、司馬は東北を書く気は元々なかったと告白している)
単なる娯楽とも高尚な学術とも違う、司馬小説。
短編集の中では、この本は特に秀逸だと思います。
手に取ってみてほしい一冊です。
歴史の脇役たちの物語
司馬40代前半に小説誌に発表された7編の短編集である。主人公たちの中で、誰でも知っている有名人は伊達政宗のみ。他はほとんど名を知られていないいわば「歴史の脇役」たちである。(伊達政宗も脇役といえば脇役かもしれないが) 司馬の作品は幕末と戦国期に集中しているが、それは、大きな変革の時代にこそ男の典型を見ることができるからだという。激動の時代にしか開花させることができない才能、たとえば信長であり、秀吉であり、あるいは、西郷であり、竜馬であり、といった英雄的才能を大作で取り上げる一方で、見逃すには惜しい脇役たちも、こういった小編で光をあてていく。これが司馬のおもしろいところだと思う。 作品はどれもよく甲乙つけがたいが、とくに「重庵の転々」という物語のおわりにつけられたエッセイ風の文章が、独特の不思議をかもし出していて、気に入っている。また「城の怪」は歴史小説ではなく、司馬が5年おきくらいに書きたくなる、という幻想小説である。「城の怪」執筆の昭和44年頃は他に「妖怪」や「大盗禅師」などがあるが、切れ味の鋭い歴史小説とは違って、幻想小説の不思議な味わいもよい。 なお、前半3本は昭和38年(40歳)頃、後半4本は昭和44年(45歳)頃書かれたもので、執筆年代が5年ほど開いている。そのあたりを含みながら味わうのもまたおつなものである。
新潮社
酔って候<新装版> (文春文庫) 新装版 軍師二人 (講談社文庫) 人斬り以蔵 (新潮文庫) 果心居士の幻術 (新潮文庫) おれは権現 (講談社文庫)
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